遺言・相続

遺産分割無効による分割代償金返還請求権はいつ時効により消滅するのですか?

遺産分割無効による分割代償金返還請求権は10年で時効消滅しますが、いつから数えて10年なのか、すなわち、時効の起算点には争いがあります。
時効の起算点(民法166条1項)は、「権利を行使することができる時」が時効の起算点であると規定しています。
「権利を行使することができる時」の意味については、権利行使について法律上の障害がなくなった時という意味であるという説(法律上の障害説)と権利を行使することを期待することができる時という意味であるという説(現実的期待可能性説)が長らく対立してきました。法律上は権利行使可能であったが、そんなことを言ったってその時点では現実的に権利行使は出来ないよね、といった場合に、両説のうちどちらを取るかで結論に差が出ます。

一般に、判例は法律上の障害説であるとされています(大判昭12・9・17)。もっとも、特に近時、現実的期待可能性説と親和的な裁判例が出てきています。
そのような裁判例の積み重ねの中で、遺産分割無効による分割代償金請求権の消滅時効について判断した裁判例(静岡地裁沼津支部H28・3・1判決)が出されました。
その裁判においては、被告は、遺産分割が無効ということは、遺産分割協議をなした時点から、法律上は、同協議による遺産分割は無効であるとして、分割代償金の返還を請求できたと考え、分割代償金を交付した時点を時効の起算点にすべきとし、分割代償金返還請求権は時効により消滅したと主張しました。
一方、被告は、現実的期待可能説をとって、遺産分割協議の有効性は裁判によってずっと争われていたのであるから、本件遺産分割協議書が無効であるとの裁判所の判断が確定したときになってようやく、分割代償金の返還請求をすることができるようになった。したがって、裁判所の判断が確定した日が時効の起算点であるため、分割代償金返還請求権は時効により消滅していないと反論しました。
これに対し、裁判所は、法律上の障害説から起算点を遺産分割協議書に基づいて代償金を交付した時であるとしました。
ただし、権利の性質に内在する障害があったかという観点と権利者に当該権利の行使を期待しえないような特段の事情の有無があったかという観点からさらに考察を加えています。

上記裁判例では、そのどちらの観点からも時効の起算点は修正されませんでしたが、ケースによっては、起算点が修正される余地を残している点が注目されます。